◯◯歳の誕生日から・・・というか、東京のローリーの家から戻ってから・・・私は変わった。
夏の日の庭作りで、家の中が(木製フェンスを部屋の中で手作り・・・大工と塗装仕事をしていたせいで)作業場と化していた。その作業場を現状に復帰しようと、毎日一生懸命に片付け始めたのだった。
その甲斐もありどうにか一階のリビングと
暖炉の部屋と台所の北側だけは誰が来てもまあどうにか満足して過ごせる場所になった。
そこで12月25日クリスマスというので、我が家で
クリスマスディナーをすることにした。
いつも片付いている状態にしようと努力していたおかげで、準備もそれほど時間はかからなかった。
お客様が来るまでに暖炉に火を入れ、前日から
レアチーズケーキを仕込み、漬け物をつけ、料理の準備をして気分よく待っていた。
まず初めに甥っ子がやって来た。
キャンピングカーで旅をしたときに使おうと思って買っていた
ダッチオーブンでチキン(本当だったら丸ごと焼きたかったが)のもも肉を焼くことにした。
「オモシロそうだね。」と甥っ子が言った。
私はいい年をしているけれど、気持ちはまだまだ少年少女のままなので、楽しいイベントには思いっきり楽しもうという根性がある。それが若者の甥っ子の気持ちと共通する何かがあるのかもしれない。
今日のお客様の一人◯◯子先生は、ワンコが苦手なので、ファーレーたち4匹(ジェフリー以外)はみんな別室に隔離された。まあこれもしつけの一種だと思えばなんて事はないのだ。
ジェフリーはとてもお行儀がいいので、ワンコが苦手な先生も一目置く存在なのである。
2時半頃、◯◯子先生が到着し、3時半頃兄貴もやって来た。2番目の兄貴は無料コンサートがあるとかで、そちらに出かけている。
差し入れの
ローストビーフや、今日のメインのチキンのダッチオーブン焼き、そしてみんなの目の前でスペインから仕入れて来たサフランをたっぷりきかせたパエリア。そして昨日から仕込んでいたレアチーズケーキなど・・・。
2年半ものの自家製梅酒は、ディナーの乾杯用にふるまった。
コクがあって美味しいとのコメントをいただいた。「これは売れるなあ。」と嬉しい一言をもらって大満足。
◯◯子先生ご持参のシャンペンも2度目の乾杯で美味しくいただいた。
(東京に住む甥っ子が贈ってくれた
"MOET & CHANDON"のシャンパンはまだ開けずにとっておくことにした。)
暖炉にダッチオーブンをかけ、ふたの上に炭を置き、まさしくオーブン状態にして中の肉に熱を加えて調理する。最初は炭の煙が部屋に充満して窓を開けなければならなかったけれど、しばらくして今度は部屋中に美味しいにおいが漂って来た。
母さんが元気な頃は、よくみんなでローリーを囲んでパーティーをしたものだった。
「久々ですよね・・・こんな封にパーティーするの。」
兄と◯◯子先生はいろんな話題で盛り上がり、私はお客様に楽しんでもらおうと、甲斐甲斐しく(手前味噌)働いた。それが何より楽しかったからである。
ちょうどパエリアが目の前で出来上がった頃、休日なのに仕事場に行って仕事をしてきた義理姉がやって来た。これで全員集合。
レシピなしでイメージで作った
パエリアの味は・・・・・・・みな美味しい美味しいと言って食べてくれた。
お米のアルデンテ感がまた絶妙な味わいにしてくれていた。
さて、メインのチキンを・・・ダッチオーブンを開けてみる。
「やってもーーーた!」 ちょいと「カーネーション」風の台詞である。
ちょいとどころか焼き過ぎである。
あの美味しそうなにおいが充満したときに開ければ良かったのかも・・・そう思っても後の祭り。
でもチキンのウェルダン焼きは、みんなの不満よりも好感をもたれ(多分、同情票)、薫製にちかいチキンのもも肉を味わった。
チキンがあまり得意ではない◯◯子先生は、「私にはとっても美味しいわ。今度また新年にでも作ってほしいわ。」
前日からこしらえていたレアクリームチーズケーキも好評で、義理姉は、「このレシピないの?あったら欲しいわ。」とまで言ってくれた。
クリスマスなのに、テレビでは「報道の日」という特集をやっていて東日本大震災のことをずっと流していた。何だかクリスマスなのに、怖かった思い出が目の前に再びよぎり、複雑な思いになってしまったが、8時過ぎには浅田真央ちゃんのスケートで気分転換をすることができた。
優勝できて良かったね・・・真央ちゃん。クリスマスの夜、暖炉の火は暖かく、私の心の中も温かかった。
その夜、甥っ子は泊まっていった。